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飲んだくれの記

方向音痴で熱しやすく冷めやすい、酒とラーメンの大好きなポンコツが綴る徒然の記。

四季 春 読了

四季 春 (講談社文庫)

四季 春 (講談社文庫)


「すべてはFになる」(S&Mシリーズ第一作)の影のヒロイン、真賀田四季の幼年時代(5歳〜6歳、13歳)を描いた作品。四季シリーズ四部作の第一作であるらしい。


まだS&Mシリーズを第二作までしか読んでいない状態でこれを読んでしまってよいものかどうか、すこし迷ったが、結果的には悪くないタイミングであったと思うし、十二分に楽しめたと信じる。


本作は、真実を覆い隠すようなミステリアスな語り口を特徴としているものの(それは僕がよく言及するプリーストの「語り」=「騙り」にも似たものだ)、その主眼をミステリに置いてはいない。本作で終始語られるのは「天才」のありようと、それを取り囲む者たち。S&Mシリーズでも様々な「頭のよさ」が語られるけど、真賀田四季のそれは、他を超越した、神とも比肩すべき人間離れしたものだ。彼女は頭がいいのではなく、悟っている。そしてそれが周りの者の人生を引きずりまわし、変容させずにはいられない。
彼女のもつ不思議な透明感と生の希薄さには、僕も10年前だったら熱狂していたかもしれない(今は少しスレてしまった)。ところでこの透明感(これは僕が森作品に言及するときに決まり文句のように使う言葉であるが)は、「スカイ・クロラ」の草薙水素が発していた、それに似ている。その厭世的で達観した人生観と言動ゆえに。森氏のもっとも描きたい空気は、やはりこのあたりにあるのだろうか。


また本作では、おそらくは他のシリーズに登場するのであろうキャラクターが、おそらくそのシリーズにおいては示唆されるに留まっていたであろう人間関係や出自を明らかにする。よく「外伝」と称してアニメや小説でも用いられるこの手法はそれぞれの作品世界を複数の次元で押し広げるものであり、各シリーズのファンにはこたえられないものとなっていることであろう。このあたりは、僕も楽しみにしておこう。


幼い者を極端に大人びて描くことで、あたかも天才風に描写せしめることは決して難しいことではない。その意味では、次作以降、四季がどういう世界観をもった人間として描かれるのか、が今は楽しみだ。