飲んだくれの記

方向音痴で熱しやすく冷めやすい、酒とラーメンの大好きなポンコツが綴る徒然の記。

ペスト 読了

ノーベル賞作家であり、かの「異邦人」の作者である、カミュによる長編小説。


ペスト (新潮文庫)

ペスト (新潮文庫)


フランス領アルジェリアの街オランで突然発生したペストの大流行。すべての交通手段やほとんどの通信手段を断たれ、陸の孤島と化す街。増大するペスト患者、大量の死。愛する者との別離。いつ自分が犠牲になるか分からぬ出口のない日々。そうした極限状況の中で、各人各様の思想を持った登場人物たちが何を考え、何をしたかを、一人の医師の眼を通して描いたものだ。


・・・という書き方をすると、昨今のハリウッド的なパニックものを期待する向きもあるかもしれないが、さにあらず、カミュの思想を色濃く反映した思想小説というべき作品となっている。その思想は反コミュニズム、反キリスト教ともいうべきもので、ヒューマニズムと人間の本能としての善に重きを置いた、極めてシンプルでかつ共感しやすいものであると、僕は受け取った。それは人間に対する信頼と愛に根ざしたもので、そこに作者の人柄もまた反映されているように思うのだ。
とはいえ、描かれる事件のリアリズムもなおざりにされることなく、いやむしろ相当深くそれも追及されていることがこの小説の特徴ではないかと思う。


この作品で描かれるペストは、戦争やその他ありとあらゆる不条理なる災厄のアナロジーであると考えることが出来ようが、実際のところ、それはなんであってもいいのだと思う。主眼はあくまでも、そうした状況に置かれた人間たちの振る舞いであり、その思想の変遷であると思われるからだ。


フランス語では流麗な文体であるようだが、正直、日本語の翻訳は読みやすいとは言えなかった。しかしこの文庫本の解説は素晴らしい。分かりやすくよく掘り下げられたこの解説を読んだだけで、この作品が判った気になってしまうという危険もあるが。


ペストに立ち向かう人々、主義思想は異なっていても一致した行動に向けて動く彼らに対するまなざしはあくまでも優しい。登場人物たちが現実と対峙してその思想を変節させていく様子、あるいは変わらない様子、いずれも深い共鳴と感動をもたらす。街にたまたまいあわせたばかりに閉じ込められてしまい、恋人のために街の脱出をひたすら試みるランベール、深刻な宗教的危機に直面して煩悶する牧師パヌルー、彼らのそれぞれの変遷振りが僕にとっては特に感動的であった。