飲んだくれの記

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ヘレネー誘拐・トロイア落城 読了

ヘレネー誘拐・トロイア落城 (講談社学術文庫)

ヘレネー誘拐・トロイア落城 (講談社学術文庫)


4世紀から5世紀頃にかけて書かれた、トロイア戦争にまつわる短い叙情詩2編を収めたもの。
ホメロスから考えて、800年から1000年も後に書かれたということになる。


コルートスによる「ヘレネー誘拐」。
トロイアの王子アレクサンドル・パリスによる、スパルタの絶世の美女ヘレネー(メネラオスの妻)の略奪が、その後10年にわたるトロイア戦争の直接のきっかけであったことは、繰り返し「イリアス」「オデュッセイア」にうたわれる。この40ページ程度の短い叙事詩は、そのヘレネー誘拐が、なぜ、どのように起こったのかをつまびらかにしたものだ。


いわく、アキレウスの父ペーレウスと母である女神テティスの結婚式に呼ばれなかった女神エリスが怒って、婚礼の場に黄金のリンゴを投げ込んで混乱させたのがすべての発端であった。その黄金のリンゴを手に入れたい3柱の女神(ゼウスの妻ヘーレー、美の女神アプロディーテー、戦いの女神アテーネー)は、ゼウスによって美人(美神?)コンテストの審査役に指定された羊飼いのパリスのもとを訪ね、誰が一番美しいかを判定させる。パリスが選んだ女神(誰かは内緒)は、調子に乗って彼をそそのかし、絶世の美女ヘレネーをかどわかさせる・・・。
この女神たちのなんたる卑俗ぶりたるや!これこそまさにギリシア神話の魅力。そして美しきヘレネーの、まったく何を考えているかわからない悪女ぶりもまた。夫も幼い娘も捨てて実に身軽に出奔するその心理はいかに。いやはや、女は恐ろしい・・・。


なんでも、ヘレネー誘拐の状況を直接うたったもので、現存している詩はこれが唯一であるという。この詩自体が、先日読んだ「トロイア戦記」や、ホメーロスの作品、その他膨大な典拠によっていることは明らかなようだが、その意味でも、数百年経過ののちに、これらトロイアの伝説がどのように語られ続けていたのかを知る上でも、大いに楽しめる作品であった。


そしてもう一編、トリピオドーロスによる「トロイア落城」。こちらは60ページ程度。
こちらはトロイの木馬を使ったトロイア陥落に焦点を絞った作品。この状況はクイントゥスの「トロイア戦記」にも比較的詳細に述べられていることもあり、木馬に関する記述がやたらと詳しい点を除けば、これといって見るべきものがあるとは感じられなかった。


トロイア伝説についての好奇心をとめられない向きには、「ヘレネー誘拐」の一編だけでも、手にとって損は無い小品。訳者による大変詳細な訳注と解説がまた、よい。お勧め。
本文の分量に比すると、ちょっと、値段高めだけどね。