飲んだくれの記

方向音痴で熱しやすく冷めやすい、酒とラーメンの大好きなポンコツが綴る徒然の記。

恋文の技術 読了

恋文の技術

恋文の技術


森見登美彦氏の新作。会社の森見ファンから借りて、読破。


一言、傑作。


全編手紙だけで構成された青春恋愛小説。


書き手は、すでに森見作品ではお馴染みの性格をもった守田一郎。自意識過剰でありながら自分に自信が持てず、やがては社会に出ることを恐れ、先輩への片思いにもだえる大学院生だ。彼は地元の京都を遠く離れた能登のクラゲ研究所に送り込まれ、そこを拠点に方々に手紙を出しまくる。その目的は、恋文の技術を極めること。たがしかし、意中の人への手紙だけはまったくうまく書けず、実に遠回りの、そしてはた迷惑な手紙を周りの人たちに出しまくることになる。手紙の相手は、京都の大学の親友、かつて家庭教師をやっていた生徒、いつも自分をいじめる美人の先輩、作家・森見登美彦(!)、主人公の妹など、多岐にわたる。


読み手は、守田があちこちに向けて書いた日付つきの手紙を読みながら、何が起こっているのかを間接的に知ることになる。その構造は、スタニスワフ・レムの架空の書評集「虚数」を彷彿させる。相手によって、あるいは状況によってコロコロ態度を変えたり強がったりする、卑屈でちょっと姑息な主人公の様子は、だがしかしそれが主人公の自信のなさの裏返しであることが分かるだけに、なかなか憎めない。それどころか、気づいたら主人公の恋の行方を応援したくなる自分がいる(他の作品同様、森見マジックだ、これは)。
登場人物相互の人間関係が、次第に明らかになっていく様子もまた、面白い。


そしてラスト、倫理的に肯定してよいものやらわからない手を使いつつも、彼はとうとう意中の人にデートの誘いの手紙を書く。その行方が決して悲観的でないと暗示しつつの終幕。なかなかにすがすがしかった。