飲んだくれの記

方向音痴で熱しやすく冷めやすい、酒とラーメンの大好きなポンコツが綴る徒然の記。

スカイ・クロラ 鑑賞


今日が、スカイ・クロラの劇場公開初日。いてもいってもいられず、劇場に足を運ぶ。


果たして本作。何度も観たくなる傑作だ。


細部にこだわりを感じるこの作品、あれやこれやと思い出すたびに想いが積もっていくのだが、ここでは一部しか書かない。呑みにでも行ったら、めっちゃ語りそうだが・・・


映像。
酔ってしまいそうなほどに臨場感あふれる空中戦など、迫力あるCGとアニメがかなり自然に融合している。厳しい眼でみるならば、稀にCGがうすっぺらくみえることがないではないが、しかしアニメのめくるめく圧倒的な緻密さもあって、問題なし。
ヨーロッパの屋敷のような重厚な建築物、豪奢な調度品や不思議なギミック(イノセントのときのようなオルゴールなど)など、美術系のアニメーションがまた、素晴らしい。眼を喜ばせる仕掛けに満ちている。やはり押井アニメはこうでないと。


音楽。
川井憲次氏の音楽は、今回も最高の一言。女声のようなストリングスを使った無国籍的音楽の広がりは、聴く側の精神も大きく解放する。美しいオルゴールも、耳から離れない。絢香の主題曲が、またハマっていて、よい。歌、うまいし。


登場人物、声優。
草薙水素(クサナギ スイト)は、典型的なツンデレだ。冷徹そのもののルックスと無関心な態度の下に秘められた激情。正直、萌えた。本作の真の主人公は、まちがいなく彼女だろう。原作とは異なり、映画での彼女の苦悩の大きな部分を占めるのは、愛。空への限りない憧憬は影を潜めている。共通するのは、キルドレとしての絶望と死への傾倒。
草薙に声をあてている菊地凛子は、思った以上にいい仕事をしている。格別うまいわけではないが、ちょっと舌足らず?と思わせるあたりが、却って、不安定に揺れ動く心情や、大人のココロと永遠の子供の身体との葛藤に苦しむさまを表現する上で欠かせないように思えるのだ。結果的に、ベストマッチの配役かも。
それにしても、攻殻機動隊草薙素子(クサナギ モトコ)との名前および(一見)無情な強面女としての類似性は、偶然じゃないよね?どうなんでしょうか、森先生?

一応の主人公、函南優一(カンナミ ユーイチ)。加瀬亮の声は、これまた稚拙であるものの、それでこそ、函南の一種の幼さ(それは記憶の欠如からくるものかもしれない)、無邪気さを表現できていると思う。

整備士の笹倉。この役を女性にするとは驚いたが、榊原良子の声の効果もあって、「大人の女性」として絶対無くてはならない役になっていると思う。うまいね。

その他。土岐野、三ツ矢などのパイロット仲間。土岐野役の谷原章介と、三ツ矢役の栗山千明は、控えめに言っても、とても出来がいいと思う。三ツ矢は登場は短いながらも、大きなインパクトを残す役。その感情の爆発を、栗山氏は的確に表現できていた。素晴らしい。

ところで人形のような顔をした本作のキャラデザ(イノセンスのときに似ている)に最初は抵抗があったのだが、観終わってみれば、その能面ぶりこそがむしろこの映画のポイントなのだと気づいた。今では、とても好きだ。


ストーリー。
原作全体を通してのテーマである転生と愛を中心にすえた本作。哀しすぎる恋人たちの運命の輪廻。しかし最後に見出した、かすかな希望。淡々としていながら、余韻の残るラストであった。
ここで注意。スタッフロールの途中で観るのをやめちゃダメだよ!!!気の毒に、数人帰ってしまった人がいたが・・・。

ストーリー展開は、最後のアッサリ感もあって、もしかすると物足りない、と思う人がいるかもしれないくらい、淡々としたもの。感情の起伏が、ほとんどの場面で静かに表現されているためもあるかもしれない。しかしこういう表現だからこそ、視聴者の想像力は刺激され、際限なく拡がっていくことができるのだ。想像力といえば、すべてのセックスを直接描写しないのも本作の特徴だ。行為の前後を描くか、あるいは暗示のみにとどめ、時にはその有無すらも観衆の想像に委ねられる。今どき珍しいくらいに控えめで心憎いこの表現は、却って二人の愛のありように多様性を与え、一面的な解釈を許さない。
そういえば会話も特徴的だった。とはいっても、これまでの衒学的なセリフでおしまくる押井節はほとんど表に出てこない(唯一、「カミュ?」と草薙が苦笑する場面くらいか)。あるのは、答えの返ってこない問い、すれちがう言葉。答えの語られないことが、これまた真実のありかを曖昧にし、映画全体に深みと面白みを残しているのだ。


最後に。
この映画。観終わった直後より、それから数時間経った今、じわじわと好きになってきている。もう一回観たい。
友人たちすべてに本作の劇場鑑賞を勧めたいのはもちろんだが、特に、女性に観てもらいたいと思っている。そして、これをみてどう思ったか、聞かせてほしい。

そういえば本作、ヴェネチア映画祭に出品されることが決まったそうだ。世界中に衝撃を与えた「攻殻機動隊」の例をあげるまでもなく、アニメは(特に押井作品は)もはや、世界で認められる日本の芸術。受賞が可能かはわからないが、押井ここにあり、をまた世界に(そして国外からの評判に弱い日本人どもに)見せつけてやってほしいものだ。そして、押井監督の作品をまた観られるようになることを、心から祈っている。