飲んだくれの記

方向音痴で熱しやすく冷めやすい、酒とラーメンの大好きなポンコツが綴る徒然の記。

トロイア戦記 読了

トロイア戦記 (講談社学術文庫)

トロイア戦記 (講談社学術文庫)


3世紀の詩人クイントゥスが、ホメロスの「イリアス」と「オデュッセイア」の間を埋める数々の神話を見事に一本にまとめ上げた叙事詩


いやもう、強烈に面白い。ホメロスの両叙事詩を読んだ後ならば、これはもう、止みがたい知識欲を満たす上では欠くべからざる作品であるといえよう。


ご存知のとおり、「イリアス」ではトロイアの英雄ヘクトルが、アカイア(ギリシャ)の英雄、アキレウスに討たれたところで話が終わってしまう。対する「オデュッセイア」は、トロイア戦争終結後10年が経ったあとの、苦悩に満ちたオデュッセウスの境遇が物語の発端だ。つまりトロイア戦争がいかに終わったのか、その間にいかに重要な出来事があったのか、が十分に、ホメロスの口から語られることは無いのだ(オデュッセイアで、間接的に多くの出来事が示唆されるのだけれども、それは読者の好奇心を大いに刺激はするものの、満足させるレベルではない)。
このトロイア戦記は、その好奇の対象となる間隙を埋める、理想的な作品であるといえよう。その語り口調はホメロスの「イリアス」におけるそれにならって、比喩を多用しつつ、生き生きと神々と英雄たちの活躍やその悲壮な死、喜び、哀しみを活写する。さらに物語のベースとしてギリシャの神々によってあらかじめ定められた運命論的人生観を位置づけることにより、一層ギリシャの物語としてのリアリズムがグッと生かされる(これが書かれた時分には、誰もオリュンポス信仰を真剣に持ってはいなかったのではないかと思われるにも関わらず、だ)。個人的にはやや比喩表現の豊かさに物足りなさを感じることがあるものの、読者はイリアスの続きを読んでいるかのような錯覚と愉悦を感じつつ読書を愉しむことができるというわけだ。


僕はこれを読んで、アキレウスが誰に殺されたのか、パリスはいかに倒れたか、あまりにも有名な「トロイの木馬」はいかに実現されたか、などを初めて筋の通ったエピソードとして把握することができたように思う。ますますこの時代の伝説の魅力のとりこになりつつあるかな。


ちなみに個人的な読書遍歴から言うならば、ダン・シモンズのSF大作「イリアム」「オリュンポス」の一連のエピソードの下敷きを十全に理解するうえでも非常に興味深い作品であった。アマゾンの美しき女王ペンテシレイアの悲しい末路なぞは特にそうだ。


ホメロスの次に楽しむべき本として、お勧め。